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よみもの

2024-07-29

受け継がれるDNA

その日は春分の日を過ぎても寒さが残り、自宅がある京都市左京区では朝起きると5㎝ほどの積雪があった。

そんな季節外れの雪を見ながら、温暖なイメージでリゾート地としても人気の淡路島に向かう。高速道路を走ること1時間と少しで明石海峡大橋を渡り(余談であるが、知らぬ間に明石海峡大橋は世界一のつり橋では無くなっていた)、淡路島に入るころには麗らかな春の陽射しが顔を出した。

淡路島の歴史は古く、「古事記」と「日本書紀」に伊弉諾尊(イザナギノミコト)と伊弉冉尊(イザナミノミコト)の男女の神が、最初に「淤能碁呂島(おのごろじま)」に降り立ち、ここから淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡および大倭豊秋津島(本州)を生んだとされている。つまるところ、日本列島の最初に誕生したのが淡路島かもしれないのだ。

近年、メディアに取り上げられることも多い淡路島は、開発が進み京阪神地区からの注目度が高く旅先としての魅力を膨らませ続けている。「ホテルニューアワジ」のCM曲は、関西人であれば誰もが知るところだ。

シラス、鱧などの魚介類、玉ねぎやビワといった農作物など、魅力ある特産品を求めて多くの観光客が橋を渡る。レジャー施設も充実し、老若男女が島中の至る所で楽しめる至高のレジャースポットである。

そんな歴史ある淡路島で1935年に開園した歴史ある農園『若宮ミカン農園』を訪れた。淡路島の東海岸、海風を感じる由良町(ゆらちょう)に位置し約1ヘクタールの敷地を有する大きな農園である。山あいの少し開けた土地とはいえ、眼前には急斜面の山々が迫る。農園の主、若宮公平(わかみやこうへい)さんはこの農園の3代目だ。創業者である祖父が開墾した農園を夫婦で営んでいる。

訪問の目的は「淡路島なるとオレンジ」の秘密を探ることだ。淡路島なるとオレンジは、淡路島でのみ栽培される希少性から“幻の柑橘”とも呼ばれている。

早速、若宮さんの案内で農園に足を踏み入れると、生い茂る木々と一帯に広がるオレンジ色が目の前に広がった。爽やかな柑橘の香りが迎えてくれるその先に実るのが「淡路島なるとオレンジ」だ。この柑橘の歴史は古く、江戸時代に発見されてから現在まで改良されていない淡路島の“原種”である。強い酸味の中にほろ苦さを持った果汁が特長だという。

一般的な柑橘の樹齢が50年程といわれる中、若宮さんの農園には樹齢150年を超える淡路島なるとオレンジの樹が存在する。大きく広がる枝は10メートル近くあり、1本でおよそ2,000個が実る。原種の生命力は偉大だ。他にも、1年で1メートル伸びる樹があり、これらにはこまめな剪定と間引きが必要だそう。若宮さんは簡単に言うが、実際は途方もない時間と労力を要する。約250本の樹が農園にはあり、剪定や間引きだけでも気が遠くなるほど手間が掛かる。

海から1キロほどの距離にある若宮ミカン農園は、海風の影響や冬の積雪に悩まされる。そもそも淡路島なるとオレンジは木から落下しやすいのだ。若宮さんの農園では年間10トンの淡路島なるとオレンジを収穫するが、別で5トンは落下してしまっている。自然は不条理である。落下防止ネットを張るなど対策はしてはいるが、敷地が広く250本の木の周り全てにネットを張ることは不可能だ。結果として、ネットを張ることができた樹は全体の3分の1に満たない。

鳥獣の被害もまた悩みの種だ。山から訪れる鹿や猪、空からはムクドリが侵入し、果実を食す。動物たちはどの果実が美味しいかを知っていて、美味しい実を選んで食べる。柵を設け敷地に獣が侵入しないように対策するが、空からの侵入者へは対処が難しい。つい、自分が農園を営んでいたらと考えてしまう。手塩にかけて育てた果実がムクドリに啄まれている様は悲しい…。せめて落ちた果実を食べてくれればと思うが、動物たちは利口である。

農園を回りながら若宮さんにいろいろな話をしてもらった。会話の端々に感じるのは、若宮さんの人柄のあたたかさだ。また、嬉しく感じたのは、次を担うご子息が農園の手伝いをしていることだ。跡継ぎがおらず高齢化で存続が難しい農家が増える中、バトンを繋ぐ親子の姿に感動させられた。私が農園を訪問した時、ご子息は手伝いを始めて2か月ほどだという。若宮さんが農園の案内をしている間、父の後を息子もつかず離れずの距離で付き添っていた。

親子の姿を目の当たりにして、つくづく思う。こうして受け継がれるものあるというのは何と素晴らしいことか。淡路島なるとオレンジしかり、若宮さんの祖父が始めた農園しかり。親子には、背中を見て受け継がれていくものがある。言葉にせずとも伝わるものがある。私にも3歳になる息子がいる。何かを繋ぐことが出来ればと考えるも、何があるのかと自問する。

私は「淡路島なるとオレンジ」を知るために来たはずだ。しかし、若宮さんと話した数時間で奇妙な感覚になった。私は「若宮さんに会いに来た」のではないだろうか。そして、若宮さんが育てた淡路島なるとオレンジを使って、何かが作りたいと思った。出来上がったものを一番に若宮さんに食べて欲しいと思う。美味しいと言って貰えたら、どんなに嬉しいことだろうか。興奮を抑えきれない。待ち遠しい。

今日、当社の工場に淡路島なるとオレンジが届けられた。若宮さん家族が収穫して、梱包して、明石海峡大橋を渡ってきたのかと思うと、温かい気持ちになる。世間でよく言う「生産者の顔が見える」とはこのことだ。私には確かに見えるのである。なんなら、話すことが出来る。

届けられた果実を大事に大事に加工する。果汁の一滴も無駄にしたくないと思うのは、若宮さんに会ったからに他ならない。この果実を使った商品を、一人でも多くの人に届けたいと思う。私たちが作るのは“心の通った商品”だ。

日本にはまだまだ多くの農産地があり、農家がいる。果実を通して農家と心を通わせた瞬間は、素晴らしい体験だ。その体験こそ、この仕事の魅力のひとつであり、全てである。