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よみもの

2025-07-25

トライアンドトライ

“糸島れもん”ってなに。

糸島と言えば福岡県にあるリゾートで人気のエリアだ。聞いたところによると、“福岡の湘南”と呼ばれることもあるらしく、そう聞くと確かにイメージしやすい。名前からするに糸島で作られた“れもん”と推測できる。そして、大体の人はレモンがひらがなであることが気になるだろう。私もそのひとりだった。

糸島れもんに出会ったきっかけは、九州の取引先からの紹介だった。なんでも、こだわり抜いて作られた高品質なレモンがあると言うのだ。果実の卸業者でもないのにあまりに熱心に話すので、一体どんなものかと興味が湧いたことを覚えている。

早速、大きな期待と僅かな疑念を胸に糸島れもんを取り寄せた。

箱を開けて目に飛び込んでくるのは、鮮やかな黄色。レモンイエローという色があるが、まさにそれである。透き通った高彩度のイエローが丸い実を輝かせていて、豊かな香りが一斉に放たれる。まさにレーザービーム。私は心を射抜かれてしまった。

その衝撃に居ても立ってもいられず、すぐさま開発担当者に声を掛けた。糸島れもんを渡すと、果汁と皮を使いピール菓子をすぐに作ってくれた。皮にたっぷりの果汁と糖蜜を染み込ませ、低温で乾燥させて作るお菓子である。これまで何十種類もの産地や品種の異なる柑橘からピール菓子を作ってきたが、今回の糸島れもんの仕上がりは素晴らしかった。最大の魅力は香りの良さだ。ジューシーな皮を噛むたびに、爽やかな香りが口いっぱいに広がる。皮には弾力があり食べ応えもある。レモンは何にでも使える万能の果実だ。それゆえに、可能性の詰まった糸島れもんをどう商品化するかを考えると、心が踊る。開発担当も会心の出来となり糸島れもんを絶賛していた。私もなんだか鼻が高い。

早速、糸島れもんの産地へ訪問することにした。2月の終わりということもあり、首元から忍び込む風が背筋を震わせる。しかし、前日まで極寒日が続いていたにも関わらずこの日は快晴で気温も上がっていて、まるで旅路を後押ししてくれているようだった。

京都から新幹線で博多へ行き、レンタカーに乗り換える。ナビに「糸島」と入れると意外と近いことが分かる。これも糸島が人気の理由のひとつだ。高いビルが並ぶ市街地を抜けると、だんだんと景色が開けてきて緑に囲まれる。京都からの道のりは長いが、移動に時間が掛かるほど旅をするように思えて、私は嫌いじゃない。

出発して4時間、ようやく「株式会社糸島れもん」に到着した。

「株式会社糸島れもん」は、もともと飲食店オーナーだった下登昌臣(しもとまさおみ)さんと阿南文平(あなんぶんぺい)さんが、“つかう側”の目線からスタートした会社である。そこに農業経験豊富な吉村芳則(よしむらよしのり)さんも加わり、今は3名で運営している。

到着後、すぐにハウス内のレモン畑を見学させて貰った。

レモンの樹々が何列にも渡って植えられいて、枝はまっすぐに上に伸びている。私は不思議に思った。柑橘栽培では、木々の内部まで光が入るよう枝を横に伸ばし、中心部を開く方法が一般的であるからだ。

ここでは横へ伸びる枝は切って、真上に伸びる枝を意図的に残す「切り上げ剪定(せんてい)」が採用されていた。

「糸島れもん」の栽培技術が確立する前、下登さんらは品質を保ちながら収穫量を伸ばす方法を模索していた。先進的な農法がないかと調べていたところ、広島県で柑橘栽培のスペシャリストである農家に辿り着いた。すぐさま訪ねて栽培方法を乞い、従来とは異なるやり方を知らされた。

それは、枝を横に伸ばすと養分の流れるスピードが落ち樹全体に栄養が行き渡りづらいという考えのもと、枝を上に伸ばし、樹体内で養分が効率的に行き渡るようにする方法であった。また、横に伸びた枝を切ることで植物ホルモンが活性化し、成長が促されるという考えがあることも知った。さらに、枝を横に広げないため木がコンパクトになり、植えられる木の数を増やすことで果実の収穫量も増加するのだ。

下登さんらはその方法をすぐに実践した。嬉しいことに、この剪定方法が理由かどうかは検証中であるが、実が1年おきに多くつけたり少なくなったりする隔年結果(かくねんけっか)に悩まされることもなかった。

栽培開始から7年目。検証を続け、この栽培方法によるメリットを追求したいと下登さんは言う。

彼らが目指すのは、植物が持つ力を最大限活かす畑づくりだ。肥料も最小限にし、皮まで丸ごと食べられることにこだわった。まさに、“つくる側”と“つかう側”両方の目線を持ったやり方だ。

下登さんと阿南さんは、今もレモン栽培をしながらお店を切り盛りしている。

それもそのはず、かつて、吉村さんから新しいレモンの品種を知らされた下登さんが 「それ自分で作って店で使おう」と考えたことが会社設立のきっかけである。

思い立ったら猪突猛進、レモンの苗木を1,000本購入し、2018年に株式会社糸島れもんが創業した。当時、1,000本もの苗木を植えられる畑など持っていなかったが、地域の耕作放棄地を開墾してなんとか場所を確保した。

レモンは植えてから収穫するまでに5年はかかるため、その間は本当に辛かったと彼らは言う。成功ばかりではなかった。しかし、その挑戦が途切れることはなかった。辛抱の時代も畑の面積は徐々に広げ、設立から5年後に6tのレモンを収穫した。

帰り道、“挑戦しなければ、失敗もしない”そんな当たり前のことが頭に浮かんだ。

見上げた枝の一本一本に、積み重ねた時間と努力が滲んでいた。「挑戦」という言葉を聞くと若者をイメージしがちであるが、年齢など関係ないと思い知らされる。彼らを見て思うのは、成果が出ていない時も全ての行動に迷いがない。うまくいったときも、そうでないときも、全てを背負う覚悟があるのだ。

夕焼けが遠ざかる中、新幹線は帰り道を走る。ぼんやりと車窓の風景を眺めながら、いろんなことが頭を巡っていた。

ふと、バッグに忍ばせたレモンの香りが漂う。それが、私の心に小さく火をつけた。

株式会社糸島れもん